【函館市】悲しい歴史があったとは思えないほど『志苔館跡』から見える景色は綺麗です!
こちらは『志苔館(しのりたて)跡』です。
国の指定史跡でもあり『続日本100名城』の認定城です。
『志苔館跡』は、室町時代に道南十二館の1番東側にあった城館跡のひとつです。
『城』とは言っていますが、商人の通商を主目的としていたため、守るに難しく攻めるに易しい、『城』と言うより『館』と考えた方がいい建造物でした。
このような目的の館群が12、函館から江差の方まで広がっていたそうです。
函館市東部の函館空港のすぐそば、志海苔町・赤坂町にあり標高17~25mほどの海岸段丘上に築かれた中世和豪族の拠点です。
函館市教育委員会により、昭和58年度から史跡準備を目的とした郭内外の発掘調査が実施され、建物跡、塀・柵跡、井戸跡などのい遺構と中国製の舶載陶磁器や国産陶器を主とする生活用具類が発見されました。
こちらは、1457年(長禄元)に起こったアイヌと当時の道南地方に存在した12の和人と豪族との闘い『コシャマインの戦い』の、原因となった場所でもあります。
『コシャマインの戦い』の原因は、1456年(康正2年)に志海苔の鍛冶屋村で起きた和人の鍛冶職人のアイヌ人刺殺事件だと言われており、この事件をきっかけにアイヌ人と和人の戦いが始まってしまいました。
『志苔館跡』は、海岸段丘の南端に位置しており、天然の断崖を利用しつつ周囲を堀や土塁を巡らせています。
海岸に面した高台に築かれているので、津軽海峡の海や函館山を望むことができ、とても眺望のいい場所にあります。
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